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美味しいもの Archive

香水と、どらやき

きょうは素敵なものをいただける日でした。
こういう日は嬉しくてMacに向かっている今も口角があがっている感じがします。ふふふ。

友人からはとってもよい香りのする香水をいただきました。
なんだかやさしくなれる香りです。

そして杖道のお師匠さんからはどらやきをいただきました。それも私が前々から狙っていたお店のどらやきです。
幸せすぎです。ありがとうございます。

ある日のごはん

父がときどき美味しい野菜をおくってくれます。
今回は大量のセリもつんで送ってくれました。
有機で作っている野菜たちの美味しさは、食べると幸せの味がします。
母の手作りの味噌と醤油も送ってもらったので、いっきに料理をしました。

・おやき(マル茄子)
・大根葉のみそ汁
・セリのナムル
・きゃらぶき(母作)
・しょうがの佃煮(母作)
・もろきゅう
・さくらんぼ
・トマト
・梅ジャムの炭酸割り

ごちそうさまです。

笑うカフェラテ

小淵沢のリゾーナレの中にある丸山珈琲のテラスでアイスカフェラテを飲みながら仕事をしていたら…!
カフェラテが笑いかけていました。
ふふふ。

母の味噌

母から教えて欲しいことの一つに味噌と醤油の作りかたがあります。

父がガンと共にいきる運命だと知ったころから、頭の片隅に死がいつもあります。
人はいつか死にます。
その当たり前のことが世界観を豊かにしてくれます。

母がいない世界を想像してみると、なぜか味覚と直結していました。短期的なきもちより長期的に味覚の欠落と母への思いを想像して悲しくなりました。(母はいたって元気です。)
とくに味噌、醤油は他に換えが効かない!
母の手作りのを食べ続けてきた私にとって、買った醤油と味噌は似せたものにしか感じられません。
それでも味噌などはいろんな地域の手作りの味を楽しめるのですが、醤油は無理でした。

味覚というよりエネルギーを感じる食べ物を頂いてきたということだと思います。
そのエネルギーを感じる力をつけてくれて
「お母さんありがとう。」

実家の味噌蔵で味噌を仕込む母とそんな話しをしました。

アスパラ

一生懸命なときは前がみえなかったりします。
きっとかれもそうでしょう。

いま、林檎畑のおいしいもの。
夏のような陽気でアスパラガスが、ぐんと大きくなりました。

アスパラは鳥が種を運んできました。
とりたてを、さっとふかしてたべるアスパラは絶品です。

苺ジャム

苺が底値になったら苺ジャムの日です!
1パック105円だったので2パック購入、赤い苺をぐつぐつする時間はとっても幸せな時間です。
私は赤が大好きです。赤いマフラーや赤い服を着ただけで元気になります。
自分で作った赤い苺ジャムをパンやヨーグルトで食べるのは幸せです。

まがいもの

まがいものにあたらずに生きることはできない。
だとしたら方法は2つ、まがい物をまがい物と知って楽しむか 、まがい物をできるだけ排除するかだ。

まがいものと知ってときどき楽しむのはお菓子かな。
外食のときに油や野菜がひどい味のとき、相手が美味しそうな顔をしているとき自分に言い聞かせる。「たまーにだからいいの、いいの」 でもマクドナルドなどの、どう考えても油がトランス脂肪酸たっぷりな店には行く勇気はない。健康のためじゃなくてお腹が痛くなるからおつきあいもできない。

排除したいのは日常の食です。
本みりんの顔をしたみりん風
ごま油の顔をしたごま油+なたね油
塩の顔をしたケミカルな塩
野菜の味のしない野菜、すぐ腐る野菜
醤油もみそも酢もまがいものじゃないものを見抜く力が必要だ。

問題なのは本物をしらないとまがい物を見抜くことができないこと。
まがいものは、まがい物だと宣言しない。

知人がアメリカで肉を買って料理したところ肉の味がしなかったそうだ。そんな肉は豚に塩と水を注入して水ぶくれにするそうです。
コワイ…。きがつくと野菜生活なので、肉と魚は目利きがきかない。もし日本にもそれがある場合食べるまで、まがいものだと気がつけないのではないかな。

日常のなかにまがいものを避ける行為は、まるで渋谷の交差点を人にぶつからず通りすぎることに似ている。
いやもっと難しい行為だ、自転車で抜けるかんじかもしれない。

これってすごく面白い。
日常を“まがいものを避けるゲームとして捉える”ことができる。避けても点数は加算されないが、当たるとどんどんまがいものに当たりやすい身体になっていくゲームだ。

大手のスーパーに行って調味料の並びをみてみたら、まがいものの方が幅をきかせている。値段が一番安いものは、まがいもの確定!三番目ぐらいの値段からなんとか食べてもいいものがある。注意しなきゃいけないのは、高いからいいわけではない。
まがいものは味がしないから量を必要とする、だから結果として同じ金額になるのではないかと私は思う。
いや自分で作る料理が美味しくないと感じるから外食が平気になりスーパーのお総菜が美味しいと感じる。
そしてまがいものは野菜の味を殺すから、農家のやる気も結果的にへらして日本の農業も衰退化させる。

スーパーの調味料売り場の前で私は思った。
愚直なものが肩身をせまい思いをしているってどんな社会なんだ。
まがいものは宣伝がうまい、TV宣伝をしているものの原材料をみてほしい。

食育も環境問題も何かひっかかるのは、いつも
子どもにあ〜だこ〜だと言ってお茶を濁し
本当に知るべき大人や企業は素知らぬ顔をしている。
経済のためにまがいものを良しとしてきた時代がある。
でもそれの考え方が行き詰まっているのなら、食べ物も違う方向を向き出すのだろうか。
これからの時代の動きが楽しみになる。

味覚は世界を食べるということだと思う。
好みで片づけていいのだろうか、そんな単純な構造ではないと気がついている人はおおいはずだ。

美味しいごはんを大切な人と食べよう。

のりかえ

わたくし東京在住期間2年ですが電車の乗換えが苦手です。

そのときにあった乗換え方法がわからないからです。
雨の日の乗換え、荷物の多い日の乗換え、早く行きたい日、時間より値段の日など。

こうしたいという思いがあるときには、余計に苦手意識が出て来ます。

わたくしは発見しました。

一番的確なことを教えてくれる検索方法を。
駅探でもYahoo!路線情報でもグーグルマップでもなく
駅員さんに聞く。これです。
たいがいの駅員さんが喜々として答えてくれます。彼らは鉄道が好きです。

例えば本郷三丁目から渋谷に行こうと思うといくつものルートが考えられます。
ネットで検索すると大手町乗換えと赤坂見附乗換えが便利そうです。
検索したそのときのタイミングによって、どちらがお勧めかは変化します。

大荷物を持っていたときに駅員さんに聞いたら「一番乗換えが簡単なのは赤坂見附です。」と自信をもって答えてくれました。
そのルートで乗り換えてみると、たしかに荷物をもってる人には最適な乗換えでした。
丸の内線と銀座線の乗換えが10歩ですみます。

この程度なら情報を付加してシステム的になんとかなるんじゃないか
そんな気持ちにもなります。
しかし駅員さんが楽しく仕事をすることを考えたり
これから先のサービスを考えたりしたときにはシステムで補うことが必ずしも良いとはかぎりません。

かならず初心者は現れます。高齢者が改札や自販機の前で困っている姿をよく見かけます。時間があるときはお手伝いをします。半分の方は複雑な操作方法にため息をつきます。

わからないときに聞ける、そんな環境を守るという姿勢は
いますでに問われているのかもしれません。
便利にすることで不便になったことは山ほどあります。

テクノロジーの進化が進んだとしても、言葉にしにくい条件を読むこと
人の心地よさが経済の効率だけで消え去ることがない社会のデザインが必要です。
ネットで調べていて知っていたり、後で調べればいいやと店員さんに聞かないことで店員さんの役割が低下してきたと感じます。

わたしは接客がちゃんとした店では、小さなことでも声に出して伝えることにしています。これとっても美味しいです。これなんですか。気持ちを声に出さないと外界にさわることができません。そうしなくても生きていける世の中になったからこそ、そうする価値があるのです。

スーパーでも会計のときに「ありがとう」と言うようにしています。(暮らしの手帖の暮らしのヒントに書いてあったので実践中)

アナデジバランスは自分で決められるものだけではありません。しかしそれが人間の価値の問いにもなってきています。その問いは日常のなかにあるみたいです。

本郷三丁目には美味しいお店があります。
オ・デリス・ド・本郷は「美味しいです」って沢山伝えたくなるお店です。

http://www.de-hongo.com/

物々交換

今朝とうとう目撃しました。林檎と白菜の物々交換!
毎年冬に実家に帰ってくると、大量の美味しい白菜があります。
聞いてみると山の向こうに住む白菜農家と物々交換をしているとのこと。いちどその現場を見てみたいと思っていました。
今朝トラックが来ていたので覗きに行ってみると、噂の白菜農家の人です。
この物々交換は10年続いています。
交換するのはキズ林檎です。標高の高いところに住む白菜農家には林檎がありがたく、林檎農家には白菜がとっても嬉しいのです。
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スーパーで売っている白菜にはない美味みがある西条白菜は、このまま春まで美味しく長持ちます。

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その他にも林檎と魚の物々交換をしていたりします。
この物々交換が始まったのは愛知県の日間賀島に家族旅行に行ったときです。島を歩いて散歩していたときに、漁師の奥さんが外で魚を干す作業をしていました。母が魚のことなどを質問をはじめたので私は離れてしまったのですが、数分後に物々交換の取り決めができたようで沢山の魚を抱えていました。
海と山の物々交換はかれこれ、5年ほど続いています。

もちろん近所の人とも小さな物々交換をしています。柿と大根とか
自分の家で作っているものと作っていないものを交換する。
物々交換はとっても単純な仕組みですが、これができるベースは人を信頼すること、良いものを良いと感じる心、作ることへの尊敬です。
お金は大切ですが、それだけが全ての世界は面白みがありません。
いろいろなものを単純に計れない人間関係が沢山広がれば、もっと楽しく暮らせるのかもしれません。

長野の秋

農家の娘に生まれてよかったと思うのは、秋の美しさを毎年楽しめることです。
林檎の色、ザクロの色、葉っぱの色、空の青。
美術館で絵を見て感動することが少ないのは、さまざまな色の美しさを知ってしまっているからかもしれません。

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