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それがどーした Archive

イキコミとヤボコミとツウコミ

粋か野暮か通かでコミュニケーションを計ると面白いものが見えてくる。

【粋】人情・世情に通じているさま。気性・態度・身なりがあか抜けしていて、自然な色気の感じられること。

【野暮】世情に疎く、人情の機微を解さないこと。洗練されていないこと。あか抜けていないこと。また、そのさまや人。

【通】ある事柄に精通しているさま。

ルール化されていることはマナー違反なので、この3つで語ることはできない。
また新しいメディアを使ったコミュニケーションのみに使うことができる。

例えばtwitterでイベントをつぶやくのはツウコミとして捉えることができるけど、人情がないからヤボコミだとも言える。
もし、ケータイを使っても良いという了解が主催者と参加者相互にあるのならイキコミになる。
でもそこに数人でも、違和感を感じたり、それが何かをしらないで使うような場ならそれはヤボコミに早変わりする。

こんなことを思ったのは先日こんなことがあったからです。
始発駅で向かいに座っていた男性は、スキンヘッドで首には太めのチェーンネックレスがキラッと光り、カバンはブランドものを持ち真剣な顔でメールを打っていました。
そんな身なりの男性が次の駅で、斜め前に立ったおばあさんに声をかけ席を譲りました。
おぉ、なんて粋な男性なんだろう。
私は席を譲ったことよりも、駅でまわりを見渡すコミュニケーション能力に心を打たれました。

ついついケータイをいじっていたりすると、周りが見えなくなってしまうものです。
彼は席をゆずって少し微笑むと、先ほどと同じようにケータイでメールを打ちはじめました。
イキコミです。

新しい道具を手にしたときにツウコミで楽しむだけでなく、イキコミにするにはどうしたら良いか。それを考えるとコミュニケーションはもっと楽しくなると思うのです。
そしてヤボコミにならないためには、人情の機微をちゃんとみれる人になろうと思うのです。

ふくらんじゃった

長野にMacBookを持っていったらクリックできなくなってしまいました。
あれ〜なんでだろう。何か挟まったのかなぁ。
Apple StoreのGenius Barを予約してみてもらった。笑顔の素敵にお兄さんが担当してくれた。症状を話しただけで、「あぁそれは」くるっと裏返してバッテリーをはずしました。

みごとに膨らんでいます!それがクリックできない原因でした。

バッテリーを交換してもらったら治りました。
(交換だと5000円安い)
よかった。よかった。
今度こそ、0%と100%を意識した使い方をするぞと心にちかいました。

それにしてもアップルストアーはいつ行っても、機嫌よく働く人たちがいっぱいで気持ちがいいです。見習いたいものです。

うらぎり

まさか、裏切られて泣くとは思いませんでした。

こんなことになるなんて…。
わからないものです。

ガブリと奥歯でかまれました。
草をすりつぶす歯で私の中指を…ぐしゃり。
「いてー!」
ゆきちゃんははじめ、私のゆびをなめていて次は吸い付いて甘えていました。それが食べるに変更になってしまいました。

涙を流しながら、止血して散歩へ

まったく反省する気はないようです。

大きなこころを持てるようになれということですね。
負けませぬ。

苺ジャム

苺が底値になったら苺ジャムの日です!
1パック105円だったので2パック購入、赤い苺をぐつぐつする時間はとっても幸せな時間です。
私は赤が大好きです。赤いマフラーや赤い服を着ただけで元気になります。
自分で作った赤い苺ジャムをパンやヨーグルトで食べるのは幸せです。

さよなら夏の日

昨日長野からの帰りの高速バスのなかから東京の満開の桜を見た。
自分のなかに流れだした音楽は山下達郎のさよなら夏の日だった。

これから春だというのにおかしな話しだ。

バスの運転手があと10分で新宿だとつげるころには私の季節は夏から春に変っていた。

僕らは大人になっていくよ。

谷根千ウロウロのススメ

尊敬している人は沢山いるけれど、お話したことがないのに大尊敬している人がいます。
その人はたぶんヤマダさんと言います。
たぶんデザイナーです。
この人かなぁと何度も見かけては、声をおかけしたいという思いをぐっとおさえ、景色として眺めるだけにしています。
たぶんというのは谷根千ウロウロに出てくるお店の主人から聞いた情報なので、何ものかは本当はわかりません。

大声で地域だの、人々のコミュニケーションだのという人ほど地域にもコミュニケーションにも所属できない人がおおいです。それは私にも言えます。コミュニケーションが苦手だから、コミュニケーションにこだわります。
憧れが原動力になります。
原動力がお金だったり権力だったり名声などだけの人があたりまえで大きな顔をしています。
彼は何を原動力にこのサイトを長年続けているのでしょうか。

谷根千ウロウロはブログです。
役に立たない「谷根千」案内とタイトルの下にも書いてありますが、谷中、根津、千駄木という地域に起きる様々ことをとりあげています。

よくある美味しいお店とかの“情報”ではありません。

誰が何をしていて、何にこだわってお店をしているか、あの地域でどんな動きがあるか、いまどんな花は咲いているか、どんな歴史があるのか、どんな猫がそこに生息しているのか。
ヤマダさんの編集により、この地域のゆったりと生活を楽しむことができます。
“情報”が人々を幸せにすることを知っている人なんだと思います。

いつかヤマダさんに会って話ができる日が来るといいな。

yanesen-urouro.bakyung.com

まがいもの

まがいものにあたらずに生きることはできない。
だとしたら方法は2つ、まがい物をまがい物と知って楽しむか 、まがい物をできるだけ排除するかだ。

まがいものと知ってときどき楽しむのはお菓子かな。
外食のときに油や野菜がひどい味のとき、相手が美味しそうな顔をしているとき自分に言い聞かせる。「たまーにだからいいの、いいの」 でもマクドナルドなどの、どう考えても油がトランス脂肪酸たっぷりな店には行く勇気はない。健康のためじゃなくてお腹が痛くなるからおつきあいもできない。

排除したいのは日常の食です。
本みりんの顔をしたみりん風
ごま油の顔をしたごま油+なたね油
塩の顔をしたケミカルな塩
野菜の味のしない野菜、すぐ腐る野菜
醤油もみそも酢もまがいものじゃないものを見抜く力が必要だ。

問題なのは本物をしらないとまがい物を見抜くことができないこと。
まがいものは、まがい物だと宣言しない。

知人がアメリカで肉を買って料理したところ肉の味がしなかったそうだ。そんな肉は豚に塩と水を注入して水ぶくれにするそうです。
コワイ…。きがつくと野菜生活なので、肉と魚は目利きがきかない。もし日本にもそれがある場合食べるまで、まがいものだと気がつけないのではないかな。

日常のなかにまがいものを避ける行為は、まるで渋谷の交差点を人にぶつからず通りすぎることに似ている。
いやもっと難しい行為だ、自転車で抜けるかんじかもしれない。

これってすごく面白い。
日常を“まがいものを避けるゲームとして捉える”ことができる。避けても点数は加算されないが、当たるとどんどんまがいものに当たりやすい身体になっていくゲームだ。

大手のスーパーに行って調味料の並びをみてみたら、まがいものの方が幅をきかせている。値段が一番安いものは、まがいもの確定!三番目ぐらいの値段からなんとか食べてもいいものがある。注意しなきゃいけないのは、高いからいいわけではない。
まがいものは味がしないから量を必要とする、だから結果として同じ金額になるのではないかと私は思う。
いや自分で作る料理が美味しくないと感じるから外食が平気になりスーパーのお総菜が美味しいと感じる。
そしてまがいものは野菜の味を殺すから、農家のやる気も結果的にへらして日本の農業も衰退化させる。

スーパーの調味料売り場の前で私は思った。
愚直なものが肩身をせまい思いをしているってどんな社会なんだ。
まがいものは宣伝がうまい、TV宣伝をしているものの原材料をみてほしい。

食育も環境問題も何かひっかかるのは、いつも
子どもにあ〜だこ〜だと言ってお茶を濁し
本当に知るべき大人や企業は素知らぬ顔をしている。
経済のためにまがいものを良しとしてきた時代がある。
でもそれの考え方が行き詰まっているのなら、食べ物も違う方向を向き出すのだろうか。
これからの時代の動きが楽しみになる。

味覚は世界を食べるということだと思う。
好みで片づけていいのだろうか、そんな単純な構造ではないと気がついている人はおおいはずだ。

美味しいごはんを大切な人と食べよう。

アトラクションの日常

遊ばされることが苦手です。
人によって作られたものは、いつも舞台の上にあがらされて踊らされている感覚を覚えます。
一緒に踊りたくて踊る日常は来るのでしょうか。

アトラクションの日常

長谷川一(著) 目次

この本は普通の本や論文だと思って読んではいけない本でした。
あとがきに、その旨が説明されていました。
もちろんわたしはドジなので、最後によみました。

わたしには大きくわけて3つのカテゴリーで読めました。
読んだ人によって、このカテゴリーがいかようにもできる本です。
頭のなかで編集していく感じだろうか。
長い時間をかけてひとりの人間の行動や考え方を見た、そしてじっくり話した。そんな本でした。
サービスをしない潔さを理解するまでに、かなりのページ数かかりました。
あとがきは先に読むものですね。
編集者の長谷川さんのことだから「普通、先でしょう。」って言われてしまいそうです。
わたしのカテゴリーはこれです。
1、映画、ディズニーランド分析
2、名古屋人からみた都市論
3、いまを、日常を生きるすすめ

私は2、3のカテゴリーでわけられる部分がとくに共感しました。

ここだけの話、私は名古屋人が嫌いです。
解像度が荒いと感じるからです。特に人間や自然に対して。
長谷川さんが名古屋人だと知ったのは
著者の説明の“名古屋市生まれ”の一文でした。
「うわぁ〜…。」と思い読むべきか悩みました。
名古屋出身と聞いただけで、心のなかで三歩さがることにしています。

長谷川さんの丸いメガネと、笑顔のなかのするどい眼差しを思い出した。
それに先日ごちそうになったポルトガル料理の味も。
この本面白いから読みなと貸してくれた人の顔もちらついてページを開きました。

この本は東京在住の名古屋人による名古屋分析として読むと本当に面白い。
【買い物する】〜【複製する】までは、名古屋の街と人を思い出しながら読みました。
名古屋人による冷静な都市分析本として、まれにみる的確な文章だと感じました。いや違いますね、東京在住の名古屋人の分析ですね。

たしかに名古屋は日常がアトラクション化しています。
街は人を育てる。スーパーマーケットに買い物にいくか、商店街に買い物に行くかそれだけでもちがう。
名古屋はスーパーでの買い物はしやすく、デパートはどの街よりも歩きやすい。しかし、人間関係も消費の対象でしかありません。
他の都市が違うとは言わないが、名古屋が飛び抜けて先に進んでいます。
消費を目的に生きるには最高の街だが、買い物以外行くべき場所がない都市です。

忙しい人、立ち読みで終わらせたい人にお勧めなのは
【夢みる】の章です。
けっして心地よく読める文章ではありません。
しかし、今の私にとって必要な文章でした。
くりかえされる日常をどう捉えるかで人生は違います。

わたしはいまアーティストとしてアトラクション化された日常のなかに入り込んでいき、アートとして存在できるのかを考えています。それに言葉をくれたのがこの本です。
嘆いてもしかたがないのです。極端に偏ってしまった日常をどうやってとりもどすかアーティストとしてできることをやろうと思っています。

この本で、あれ、これ違うじゃないかと思ったのは
「ディズニーランドのばあい、その枠組みとなるのが「映画」なのであり 」のくだりです。
たしかに映画を枠組みとしてディズニーランドは作られたけれども、いまそのアトラクションに染まる人たひが映画を見てからくるのでしょうか。
感覚的にちがうところに移っているように感じます。
キャラクターグッズや、宣伝に出てくるミッキーのほうが 夢の世界をつくっているのではないでしょうか。
もう筋道がなくても夢の世界への道は開かれています。
過去の映画や文化に固執してしまうと、アトラクション化された日常しかしらない世代の先を見失ってしまうように思います。

のりかえ

わたくし東京在住期間2年ですが電車の乗換えが苦手です。

そのときにあった乗換え方法がわからないからです。
雨の日の乗換え、荷物の多い日の乗換え、早く行きたい日、時間より値段の日など。

こうしたいという思いがあるときには、余計に苦手意識が出て来ます。

わたくしは発見しました。

一番的確なことを教えてくれる検索方法を。
駅探でもYahoo!路線情報でもグーグルマップでもなく
駅員さんに聞く。これです。
たいがいの駅員さんが喜々として答えてくれます。彼らは鉄道が好きです。

例えば本郷三丁目から渋谷に行こうと思うといくつものルートが考えられます。
ネットで検索すると大手町乗換えと赤坂見附乗換えが便利そうです。
検索したそのときのタイミングによって、どちらがお勧めかは変化します。

大荷物を持っていたときに駅員さんに聞いたら「一番乗換えが簡単なのは赤坂見附です。」と自信をもって答えてくれました。
そのルートで乗り換えてみると、たしかに荷物をもってる人には最適な乗換えでした。
丸の内線と銀座線の乗換えが10歩ですみます。

この程度なら情報を付加してシステム的になんとかなるんじゃないか
そんな気持ちにもなります。
しかし駅員さんが楽しく仕事をすることを考えたり
これから先のサービスを考えたりしたときにはシステムで補うことが必ずしも良いとはかぎりません。

かならず初心者は現れます。高齢者が改札や自販機の前で困っている姿をよく見かけます。時間があるときはお手伝いをします。半分の方は複雑な操作方法にため息をつきます。

わからないときに聞ける、そんな環境を守るという姿勢は
いますでに問われているのかもしれません。
便利にすることで不便になったことは山ほどあります。

テクノロジーの進化が進んだとしても、言葉にしにくい条件を読むこと
人の心地よさが経済の効率だけで消え去ることがない社会のデザインが必要です。
ネットで調べていて知っていたり、後で調べればいいやと店員さんに聞かないことで店員さんの役割が低下してきたと感じます。

わたしは接客がちゃんとした店では、小さなことでも声に出して伝えることにしています。これとっても美味しいです。これなんですか。気持ちを声に出さないと外界にさわることができません。そうしなくても生きていける世の中になったからこそ、そうする価値があるのです。

スーパーでも会計のときに「ありがとう」と言うようにしています。(暮らしの手帖の暮らしのヒントに書いてあったので実践中)

アナデジバランスは自分で決められるものだけではありません。しかしそれが人間の価値の問いにもなってきています。その問いは日常のなかにあるみたいです。

本郷三丁目には美味しいお店があります。
オ・デリス・ド・本郷は「美味しいです」って沢山伝えたくなるお店です。

http://www.de-hongo.com/

アバターもえくぼ

もう話題の中心ではなくなってきてはいますが
「3D元年の幕開け的になった映画」などと言われているアバターを見ようか
迷っているあなた、見るべきです。
ひとりでなく、気さくになんでも話せる友達か恋人か家族と行ってください。
私がおすすめなのは2200円のアイマックスシアターで見ることです。
アバターの3Dの方式は4つあります。
メガネの色で変えるもの、シャッターで変えるもの、偏光で変えるもの。
どのみち大きくてぶかっこうなメガネをかけることはまちがいありません。
アイマックスシアターだと椅子がよくて、音がよいので長時間のこの映画にはおすすめです。

しかし映画の内容は期待して行ってはいけない映画です。
期待しないで見ると私のように映画館でひとりだけ泣くことができます。
どこで泣いたかは恥ずかしいので秘密にいたしとうございます。
となりに座っていたおねいさんたちは、途中でケータイをかぱっと開けました。
もう嫌になってしまったのですね。
ジェットコースターに一度乗ってしまったら降りるわけにいきません。
それと一緒です。映画を途中でやめるという選択肢は、つれがいる場合はないのです。

見終わった後で物語の構造を考えると、ジェームズ・キャメロン監督が日本のアニメをよく研究していることがわかります。
特に宮崎駿監督ものはお好きだということがよくわかります。
ナウシカやもののけ姫などはスタッフ全員が研究したのでしょう。
沢山のハリウッド映画のオマージュでもあります。
寿司とハンバーグとみそ汁とニンニクレタスチャーハンが一皿にもりつけられた映画に
何も伝えるべきものがないことは誰でもわかると思います。

見方としてはお勧めなのは、萌え系アニメと同じ心理状態でみます。
記号としてのかわいらしさを見て、記号としての戦いをみて、記号としてのコミュニケーションを見るのです。
それで心地よくみることはできます。

期待していた鬱病になるほどの森の美しさは宣伝文句だったようです。
あれで病気になるのだったら、桜が散るのが悲しいと病気になってしまいます。
3D元年とかいう言葉を信じてはいけませんよ。
パナソニックや映画会社が仕掛けたとっても上手な宣伝ですね。
わたしも高畑勲さんに言われるまで気がつきませんでした。

人にとって必要なモノはもう出そろっているのに
それでも何かを作り出さないといけないのが今の消費社会です。
そこで個人がどう考えて何を選ぶか3Dで映画を見るか、TVを見るのか問われるのはこれからです。
性欲とセットになった新しいメディアは成長するという歴史があるので、エロビデオの世界がのりだしたら伸びるかもしれませんね。

肯定的に語るか否定的に語るかは、どちらも大差がないと最近おもいます。
痘痕(あばた)ですら、大好きな人のものならえくぼなのです。
映画に行って美味しいケーキを食べて、楽しいおしゃべりをして時をすごす。 それが人生というものでしょ。
ぜひ大好きな人と映画に行きましょう。

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