宮原農園ぶどうのご案内

 

 

おまたせ致しました。今年も美味しい葡萄つくっています。

案内が遅いと心配してくださった方が沢山いるそうです。

両親は「大丈夫だよ、うちは本当の味にならないと発送しないんだから〜」と笑っていました。

殿様商売です。笑

大好きなあの人やお世話になっている方に是非プレゼントしてください。

もちろん、自分のご褒美にも。

 

服作りワークショップ

夏の実家の玄関は家のなかで一番涼しい場所です。

東京で、ひょんなことで古い浴衣をいただきました。

その浴衣をほどいて服をつくろうと、母と午後のゆったりとした時間を針仕事をすることにしました。

なにやら面白うそうと姪二人と義姉も一緒に参加して、服作りのワークショップになりました。

この浴衣を縫った人のことは知りませんが、糸を一針一針ほどいていくと彼女の真面目でものを大切にする心が伝わってきました。

姪も糸を一生懸命です。ほどくことにも根源的な喜びがあるようです。

「どんな服をつくりたい?」ふたりとも明確にこれ!という案がありました。

まずは絵を書いてもらって、その後に新聞紙で型紙をつくりました。(と言っても寝転がり身体の形を取って、自分の思い描く形に切り抜いてもらっただけです。)

わたしには残念ながら服をつくる力量はありません。

ここからは母の力をかりました。

母は30年ぶりの服作りです。私たちが子どものころ、よく服をつくってくれました。(よるには二人ぶんの服を縫いおわりました。)

浴衣の袖の部分を使って、母はタンクトップ、義姉はスカートを作りました。

私がこどものころに母につくってもらった赤いワンピースを忘れられないように、この二人もこの服の思い出は一生モノなんだろうな。

私もこの生地で服を作りたいな。

長野のお盆(その2)

8月15日の朝ごはんは、みょうがの葉っぱで包んだおやきです。ナスとアンコ、みょうがの葉っぱの爽やかな香りがします。

そして今日は親戚が集まってお昼ごはんをいただきます。みんなでワイワイといろいろなことをお話します。

今年の料理は、キノコおこわ、栗おこわ、夏野菜のとりあわせ、オクラとかんてんの吸い物、お刺身です。

とっても喜んでもらえたけれど、少し地味だったかな。次はもう少し華やかな料理もプラスしようかな。

長野のお盆

きょうは迎え盆です。長野では天ぷらを作ってご先祖さまをお迎えします。

一夜干しのイカ、さつまいも、おくら、かぼちゃ、ナス、しそ、ピーマン…さすがに途中でイヤになってくる量です。

麦わらの火は米に比べると美しく音もキレイです。

この火を見ながら「おじいさん、おばあさん、この灯りでお茶のみにおいだれおいだれ。」呪文を唱えます。

迷子にならないように火を灯してご案内します。

私が全部で1時間かけて組み立てた提灯をご先祖さま、喜んでくださったかな。

父の野菜

父から愛情たっぷりの野菜が届きました。美味しい。ほんとうに美味しい。愛情をかけられて育ったものはなんでこんなにも染みるんでしょうか。有機栽培や甘味、理由を言葉にするとは可能なんだけれど、それだけでないもの。

太陽と水と土と人が仲が良い、そんな味がします。みんなにも食べてほしいな。

きょうのお昼ごはんは丸ナスでおやきをつくりました。母と同じ味が出せて嬉しくなりました。

夢を叶えた後に

小さな夢が先日叶いました。

さくらんぼの食べ放題です。木にたわわに実った赤い誘惑を食べては種をぷっと吐き出します。
あぁ幸せ〜。誰も私をとめることはできません。

木になっている全部の赤い実を食べつくすつもりでしたが、あっというまに限界がやってきました。
もう美味しいと思えない「さよなら、ありがとう」と離れました。

夢を叶えた後は新しい夢を描くまでです!
ぶどう畑で見つけた四つ葉のクローバーを手帖にはさみました。
友達にぶんと、自分のぶんと、たくさんの新しい夢のために。

人の力、鳥の力

このブドウの粒は何粒あるでしょう?これを将来の完成を考えながら30粒にします。
不思議なことに慣れてくると30粒にどのくらい多いか一瞬で判断できるようになります。立体的についていても数える場合も5個の束で考えると30をつかむことはそんなに難しいことではありません。
人の力ってすごい。


ブドウ畑に百舌鳥の巣を発見しました。
母が目印に枝につけていたひもを盗んで土台に使っています。
「結んでもも結んでもなくなるはずだよ。」母は苦笑しながら鳥の力に感動していました。

巣をはずしてみると化繊綿をどこからか拾ってきて編みこんでありました。立派な建築家です。これはさぞかし暖かな家で雛たちが巣だっていったんだろうな。

ブドウ畑は内に外にいろいろな発見があります。

うっそうとした庭への招待

亡くなった祖父は几帳面な人でした、彼はいつも庭に雑草が生える余地がないほど管理をしていました。
父はおおらかで優雅な理系男子なので、庭はビオトープ化しました。
そこには様々な鳥が訪れ水浴びをし狸や狐や猫や鼠が闊歩する森になりました。

なにを価値とするのか、何を見るのかで庭の景色はかわります。
今は何種類の花が咲いていると嬉しそうな父を見ていると、そんなことを考えている自分が小さく思えてきます。