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捨てる

昨日ふとTVを見たら「捨てる技術」著者が出ていた。
本は流行っていたときに立ち読み程度しかしなかった、女性だったとは知らなかった。
それにしても、部屋が片づかないことが大問題だと思うことが恐ろしい。片づかない心地よさもある。片づけたいと思って自分で考え工夫して挫折して成功するのこともできない時代になった。いつも答えは誰かによって用意されていて、それがビジネスとなる。
その後もっとびっくりしたのは 、子どものお手伝いをさせるための講座が一泊二日で開催され、そこに真剣な顔の親子が参加しワークショップを楽しんでいた。いや家事を楽しんでいた。
親は私より少し上の世代、彼らが自分自身もお手伝いをしていない子ども時代をすごしたのだろう。そして、この講座を受けるようになったことが掃除のへたさを見ればわかる。お手伝いが子どもの成長(教育)に有意義であるという言説が参加動機のようだ。

私たち姉弟にとってお手伝いというのは日々課せられた仕事だった。わたしは朝のトイレ掃除が終わらなければ朝ご飯も食べれず学校にも行けなかった。妹は玄関、姉と兄がどこ担当だったかは忘れたが担当部署があった。そんな子ども時代を送った私にはお金をはらって子どものお手伝いを教わるというのは2重に理解に苦しむ。掃除ができない親、お手伝いを人に教わらなければやらせることができない親。

子どもが家族の一員としてできることをやる、これがお手伝いだと私は理解している。
私の親はこれを捨てなかったが、いつ、どうしてそれを親たちが捨ててしまったのか。そのことは語られることはなかった。

今朝は「お母さんといっしょ」をみたが、なかなか面白く懐かしい。
しかしTVの子ども番組はいつから素晴らしいと思われるようになったのだろうか。
そのTV番組を作っている人々の工夫は素晴らしいと私も思う。
でも、これがないと教育できないという構造が素晴らしいとは言えない。
補うはずのTVや雑誌がいまや先生になっている。

社会や地域や親族や家族や親や姉弟が、お互いに教育を担うという思想はどこですてられたのだろうか。

Comments:1

simanuki 09-12-16 (水) 16:50

同感。

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