「遊ばれる」と「遊ぶ」の違い

彼らはいま遊んでいます。
遊ぶというのは人が作ったルールのなかで楽しく過ごすことではありません。自分たちで発見した遊びに興奮することです。

代々木公園の下には地下鉄が走っています。彼らの下にはその空気孔があり、電車が走ると空気が舞い上がってきます。
それにあわせてティッシュや葉っぱを舞い上がらせて遊んでいるのです。

彼らのところに行き話を聞いてみると、彼らはもう違う遊びをしていました。空気孔を木でこじ開けようと努力中でした。「この下には千代田線と副都心線は走っているんだよ〜」男の子が自慢気に教えてくれました。

遊びはあきたら終わりです。
次の遊びをみつければいいのです。


子どもに関わることを考える時に、この「遊ぶ」力を無視してはいけないと思うのです。遊ばれて生きている人が考えたものは、とかくお節介で丁寧にできています。
遊ぶ力はみんながもっているものです。

大人になったときに、遊ばれることだけしかしならいと消費の楽園でおぼれて生きていくことになります。
おぼれないためには、泳ぎ方教室に入るのではなく、水がたのしいものだと知ることが一番効率的だと思うのです。

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