まがいものにあたらずに生きることはできない。
だとしたら方法は2つ、まがい物をまがい物と知って楽しむか 、まがい物をできるだけ排除するかだ。
まがいものと知ってときどき楽しむのはお菓子かな。
外食のときに油や野菜がひどい味のとき、相手が美味しそうな顔をしているとき自分に言い聞かせる。「たまーにだからいいの、いいの」 でもマクドナルドなどの、どう考えても油がトランス脂肪酸たっぷりな店には行く勇気はない。健康のためじゃなくてお腹が痛くなるからおつきあいもできない。
排除したいのは日常の食です。
本みりんの顔をしたみりん風
ごま油の顔をしたごま油+なたね油
塩の顔をしたケミカルな塩
野菜の味のしない野菜、すぐ腐る野菜
醤油もみそも酢もまがいものじゃないものを見抜く力が必要だ。
問題なのは本物をしらないとまがい物を見抜くことができないこと。
まがいものは、まがい物だと宣言しない。
知人がアメリカで肉を買って料理したところ肉の味がしなかったそうだ。そんな肉は豚に塩と水を注入して水ぶくれにするそうです。
コワイ…。きがつくと野菜生活なので、肉と魚は目利きがきかない。もし日本にもそれがある場合食べるまで、まがいものだと気がつけないのではないかな。
日常のなかにまがいものを避ける行為は、まるで渋谷の交差点を人にぶつからず通りすぎることに似ている。
いやもっと難しい行為だ、自転車で抜けるかんじかもしれない。
これってすごく面白い。
日常を“まがいものを避けるゲームとして捉える”ことができる。避けても点数は加算されないが、当たるとどんどんまがいものに当たりやすい身体になっていくゲームだ。
大手のスーパーに行って調味料の並びをみてみたら、まがいものの方が幅をきかせている。値段が一番安いものは、まがいもの確定!三番目ぐらいの値段からなんとか食べてもいいものがある。注意しなきゃいけないのは、高いからいいわけではない。
まがいものは味がしないから量を必要とする、だから結果として同じ金額になるのではないかと私は思う。
いや自分で作る料理が美味しくないと感じるから外食が平気になりスーパーのお総菜が美味しいと感じる。
そしてまがいものは野菜の味を殺すから、農家のやる気も結果的にへらして日本の農業も衰退化させる。
スーパーの調味料売り場の前で私は思った。
愚直なものが肩身をせまい思いをしているってどんな社会なんだ。
まがいものは宣伝がうまい、TV宣伝をしているものの原材料をみてほしい。
食育も環境問題も何かひっかかるのは、いつも
子どもにあ〜だこ〜だと言ってお茶を濁し
本当に知るべき大人や企業は素知らぬ顔をしている。
経済のためにまがいものを良しとしてきた時代がある。
でもそれの考え方が行き詰まっているのなら、食べ物も違う方向を向き出すのだろうか。
これからの時代の動きが楽しみになる。
味覚は世界を食べるということだと思う。
好みで片づけていいのだろうか、そんな単純な構造ではないと気がついている人はおおいはずだ。
美味しいごはんを大切な人と食べよう。
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