過去の温度

年末に大伯父が亡くなりました。親族があつまるたびに写真をとっていた私に遺影用の写真をくれと突然の問い合わせ。
帰省するときにMacを持っていくか一瞬迷いました。重いし実家のPCを使えばいい…いや持って帰ろう直前になぜがそう思い持ち帰りました。虫の知らせというやつですね。
おかげでお役にたつことができました。

わたくしは今までいらないと思ったものはバシバシ捨てていました。そう写真のデータも例外ではありません。
私が捨ててしまった写真のなかには伯父のもっといい写真があったはずです。
わたしは過去に縛られることが苦手なので、写真データを軽く捨ててしまっていたけれど、写真はこうやって誰かのためになるのですね。反省いたしました。
過去がまた温度をもって立ち現れるときが今後もあるでしょうか…。捨てることは簡単だけれど、そのときにはわからない価値が年月をへて輝きだすときが。

とは言っても、捨てないとそれがあたりまえだと思うのですから同じことかもしれません。

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