“撮る”と“見る”の違い

明治神宮の奉納演武を見てきました。いえ、撮ってきました。

わたしは自分の愚かさに終わったあとに気がつきました。新しいカメラを持っていったので使い慣れず、どうやって撮ろうか、どうやれば美しく撮れるかばかり集中していました。私は見るべきだったのです。

考えてみればカメラで撮っている世間の人々も見てはいません。撮っているのです。私は桜を撮る観光客と同じでした。

その場をしっかりと味わい、全神経を使って感じること

生物として生きる事を忘れていたと清々しい明治神宮の空気のなかでカメラをしまいながら思いました。

中村理恵子さんは相変わらずズッシリと生きています!美しい。

杖道の師匠の礼は相変わらず美しい。感謝の心が現れるこんな礼を私もいつかしたいな〜。

そして、来年は明治神宮の奉納に参加できるようになりたいと思います!

“撮る”より“見る”、“見る”より“やる”。そして次を晶質させたいと思います。

明治神宮でお神酒もいただいたことだし、今年は飲める女になります!(笑)

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