Unplugged Control

繋がらない事に価値がある時代になった。今日強烈にそれを感じる出来事がいくつかおきた。
ネットでみつかるお店が特別ではないように、ネットでつながるとそれは特別ではなくなってしまう。
繋がって当然と思うのは消費社会のなかで、買う側が本質を考えずサービスをうけて当然と思う構造と同じだ。

わたしの妹は仕事以外でネットを使わなかった。今日からネットの世界で私とつながるようになった。もちろんケータイでやりとりはしていたのだけれど、ケータイで私のブログをみようとなんて思ったこともないだろう。

私は今日とても単純で大切なことに気がついた。
「それ、ブログで読んだ…」と妹や家族に言われることの空虚さがあることを。(まだ言われていないけれど)
もちろん私の外界へのアウトプットがネットだけではないし、ブログで書くようなことを全て妹や大切な人たちに話すわけではない。
しかしツイッターに書くようなことはCメールしている、いやいないか。
多層的にメディアを活用しているのにも関わらず、誰もその本質や意味、未来を捉えられない。それはとても人に公開したくないようなパーソナルなコミュニケーションと見せたい共有したいというメディア的なコミュニケーションが共存しているからなのだろう。

もしこれをデータ化することができて、100人分あつめたられたら何がみえるのだろうか。

私も言わない事、書かない事は沢山あるけれど。繋がらないことで形成される心があるのを忘れていた。
失っているという自覚をもしないままに。

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