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鷲尾和彦さんと高畑勲さんの責任

二人は似た匂いがする作家だ。
鷲尾さんは写真家だし高畑さんはアニメーション映画監督、媒体は違うけれど。現実を現実以上の迫力を持って提示してくる。
人が好きで、傷つきやすくシャイである。
昨夜青山ブックセンターで行われた鷲尾さんのスライドショーとトークに行ってきた。鷲尾さんの写真は好きなので本の発売を心待ちにしていた。
昨夜は購入してサインをしてもらうつもりで来たのに、何も買わずに原宿駅までの華やかな街を早足で駆け抜けた。
今の私は作品を受け入れられなかった。
「見たくない現実を目の前におかないでくれ。」そう叫びたくなったのだ。

高畑さんの作品の「火垂るの墓」も「赤毛のアン」も見たくない時期があった。自分で見ないようにしている自分自身を、むき出しで提示してくるのに絶えられなかった。でもまたある時ふと見たら私に寄り添ってきた。見たくなかった自分一部を自分が受け入れられ愛おしくなっていたことに気がついたのだ。それは家族や死や憎しみや女性らしさや、弱さや優しさだった。

先日高畑さんとお会いしたときに「新学期・操行ゼロ」という映画をお薦めしていただいた。無知な私はsoukouzeroが何語か解らなかった。その前にフランス映画の話や1930年代のロシアの歌の話なんかをしていたので外国語だと思い込んだのだ。「書いてください。」と恥ずかしげもなく名刺に書き込んでもらった。
戦前の学校での評価が操行10とか0だったそうだ。操行0は最低の評価のことだそうだ。きっとわたしも操行0なんだろうな。中学校の担任に3年間「継続は力なり」と書かれたぐらいだから。

極東ホテルに写っている空ろな目をした旅人たちと、同じ目の自分を受け入れる時がきたとき鷲尾さんにサインをしてもらおうと思う。
作品を発表するということは重い責任が伴う、とこれを書いていた思った。
昨日は両サイドで大学生ぐらいの男の子がひたすらメモを取っていた。彼らが今何に共感し、時間をへたときにどう感じるか。
そんな途方もない気持ちのゆれを追うことは、なかなかできない。

好きとか嫌いとか簡単に言ってしまえることではなく、見たものが血になっていく。

雪が降ると東京が脅えている。

http://washiokazuhiko.jp/

http://www.amazon.co.jp/極東ホテル-鷲尾-和彦/dp/4903545520

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