プレゼントをあける瞬間

子どものころ妹と私の寝室にはミヒャエル・エンデの【モモ】が本棚におかれていました。でも不思議なことにまったく読んだ記憶がないのです。あれだけいろいろ読み聞かせしてもらっているのに母に読んでもらった記憶もない。こどもにはあの暗い絵には魅かれなかったのかな。

私は彼のようにロマンチックに理想主義にはなれないけれど、彼の言わんとしていることには大いに共感しています。

プレゼントが上手な人は幸せを知っているのかも。最近そんな風に何度か思う出来事がありました。それはモノだけにかぎらず、気持の交換や、言葉なども同じようです。

何かをいただくと、その人のなかに私が存在していることが嬉しくなります。

そういえば、わたしが誰かに何かをプレゼントしようとするときには必ず、その人が何がスキかな〜とかとか何に喜ぶかな〜と考えながら、その人が笑った顔を思い浮かべます。

父からの送りものはいつも私を笑顔にさせてくれます。父が一生懸命につめてくれた痕跡がそこにあるからです。

今日も「私が林檎がなくて淋しい」と言ったら沢山送ってくれました。これだけの量を一箱にいれるのには大変なはずです。きっとなんどもつめかえてくれているとおもいます。お父さんありがとう。

一段目はラフランス (空いているのはすでにお裾分けしたからです。)

2段目はスリムレッド (シャッキリした新しい品種です。)

3段目はサンふじ (今の時期の幸せといったら、この味です。)

4段目はぐんま名月、シナノゴールド、サンふじ (ぐんま名月…また手で割って、誰かを驚かせたい衝動が…。)

みんな勢ぞろいするとこんな感じです。

私も誰かを少し幸せにしたいな。

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