MIYABARA Mika
鷲尾和彦さんと高畑勲さんの責任
- 2010-02-01 (月)
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二人は似た匂いがする作家だ。
鷲尾さんは写真家だし高畑さんはアニメーション映画監督、媒体は違うけれど。現実を現実以上の迫力を持って提示してくる。
人が好きで、傷つきやすくシャイである。
昨夜青山ブックセンターで行われた鷲尾さんのスライドショーとトークに行ってきた。鷲尾さんの写真は好きなので本の発売を心待ちにしていた。
昨夜は購入してサインをしてもらうつもりで来たのに、何も買わずに原宿駅までの華やかな街を早足で駆け抜けた。
今の私は作品を受け入れられなかった。
「見たくない現実を目の前におかないでくれ。」そう叫びたくなったのだ。
高畑さんの作品の「火垂るの墓」も「赤毛のアン」も見たくない時期があった。自分で見ないようにしている自分自身を、むき出しで提示してくるのに絶えられなかった。でもまたある時ふと見たら私に寄り添ってきた。見たくなかった自分一部を自分が受け入れられ愛おしくなっていたことに気がついたのだ。それは家族や死や憎しみや女性らしさや、弱さや優しさだった。
先日高畑さんとお会いしたときに「新学期・操行ゼロ」という映画をお薦めしていただいた。無知な私はsoukouzeroが何語か解らなかった。その前にフランス映画の話や1930年代のロシアの歌の話なんかをしていたので外国語だと思い込んだのだ。「書いてください。」と恥ずかしげもなく名刺に書き込んでもらった。
戦前の学校での評価が操行10とか0だったそうだ。操行0は最低の評価のことだそうだ。きっとわたしも操行0なんだろうな。中学校の担任に3年間「継続は力なり」と書かれたぐらいだから。
極東ホテルに写っている空ろな目をした旅人たちと、同じ目の自分を受け入れる時がきたとき鷲尾さんにサインをしてもらおうと思う。
作品を発表するということは重い責任が伴う、とこれを書いていた思った。
昨日は両サイドで大学生ぐらいの男の子がひたすらメモを取っていた。彼らが今何に共感し、時間をへたときにどう感じるか。
そんな途方もない気持ちのゆれを追うことは、なかなかできない。
好きとか嫌いとか簡単に言ってしまえることではなく、見たものが血になっていく。
雪が降ると東京が脅えている。
http://washiokazuhiko.jp/
http://www.amazon.co.jp/極東ホテル-鷲尾-和彦/dp/4903545520
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市民がつくるTVF プレ・イベント
- 2010-01-28 (木)
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まだ映像を素人が編集して人に見せるなんて、誰も考えていなかった時代に始まった東京ビデオフェスティバル。昨年ビクターの手を離れました。今年からは市民の手で…なんて言っているけど、市民って誰のことっ?!そんな人見たことないよ。
ここのNPOの理事の役職をもらっているくせに、いつものように斜めに見ていたら表彰式の司会の役がまわってきた。
何がコワイってここの審査員しているおじちゃんたちが(失礼!)ひとくせもふたくせもあることなんだよね。
まっとうで誠実でちゃんとモノを作ってきたひとたちだから、慣例のようにとか、考えない適当な言葉を言ったとたん怒られそう。
私は彼らに始めてあったの二十歳のとき、受賞者という立場で壇上に上がった私に「この作品を評価するか大変もめました。私はいいと思ったが、まったくひどい作品だと言う審査員もいた。」と言われたのだ。
私は褒められるとばかり思っていた、まさか表彰式でそんな本当のことを言われるとはゆめゆめ思っていなかった。たしかに今考えるとその意味がわかる。自分の祖母についてのドキュメンタリーで、寝たきりの祖母に対して愛情とも憎しみともとれる視点で撮っている。(はず、過去の作品は見ないことにしている。)
壇上の私は若気の至りでムッとしたが、後に東京ビデオフェスティバルが素晴らしいとわかった。それは他のコンテストなどで表彰式に出てからだった。
作品を決める真剣さ、未来をみつめた姿勢、表彰式でスタッフみんなが作品を見ていて一言伝えたいと思っているコンテストは他にはなかった。その後何回か賞を頂いたが、やはりその真剣さは変わらなかった。
そんなご縁のフェスティバルだけど、私は密かに企んでいることがある。映像を選ぶことに(審査)長けているこのフェスティバルとネットでの映像の評価を結びつけられないかと考えてる。
審査員のみなさんはほぼ全員ネットを信用していない(と思う)。だけど、彼らが夢見てきた「誰もが映像を使って自分を表現し、それをみんなで見る」ことがネットによって更に可能になった。今だからこそ、彼らのエキスをその舞台となる世界にも入れたら面白いと思うわけです。
ネットの映像の評価もまだ定まっていないし、今やるべきだと思うのです。はい。
私は市民という言葉に輝きを感じる世代ではないですが、意図するメッセージは共感できます。
ようは表面ではなく、中身が共感できればいいのです。
それと同じように映像の評価をネット関係者や映像制作者と一緒にディスカッションできる場をつくりたいと思っています。
いや〜そんな事よりも、まずは司会で失言をしないようにしなくては。
市民がつくるTVF プレ・イベント
開催日時: 2010年1月30日(土) 9:30~18:30
会 場: 日本工学院専門学校 蒲田キャンパス デジタルシアター
東京都大田区西蒲田5-23-22
http://www.neec.ac.jp/access/index.html
主 催: NPO法人市民がつくるTVF
特別協賛: 日本工学院専門学校
協 力: 星の降る里芦別映画学校
西山洋一/三浦菜穂子(ホームページ制作)
いずみ窯(トロフィー・楯制作)
プログラム:
●入賞作品上映会 (開場9:15)
9:30~ 入賞作品15本を一挙上映 (解説:小林はくどう氏)
●発表・表彰式
14:00~ 「優秀作品賞」の発表・表彰
15:00~ 「ビデオ大賞」の発表・作品上映・表彰
●審査委員によるトークフォーラム
16:00~ 審査の過程で話題となった事などが語られます。
出演:羽仁進氏、高畑勲氏、椎名誠氏ほか、(進行:下村健一氏)
○交流会&NPO発足記念会(スエヒロ学食) ※会費制 3,000円程度(当日受付で集めます)
17:15~18:30 作者のみなさんや審査委員との自由な語らいの場です。
http://tvf2010news.sblo.jp/article/34431428.html
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旅へ行こう
- 2010-01-25 (月)
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北海道へ旅をしてきました。
札幌駅であまりの寒さに一緒に行った妹と帽子を購入。イタリアの毛糸の帽子を持っていったけれど、購入したイングランドの帽子(HIGHLAND 2000)が断然、暖かかった。やはり寒いところのものは違うのでしょうか。
防寒具を買うなら北海道だとおもいます。品数も質も東京に比べ良いです。
動物のお医者さんの舞台北海道大学へ行ったり、動物園で鷹と鷲の違いを聞いたり、市場で3席しかない寿司屋さんで美味しい寿司をいただいたり。雪像をつくる自衛隊のひとたちを見たり。
はじめてビールを注文して飲んだり。たっぷり楽しんできました。
動物園に行くバスがJALの手配したツアーバスだったのですが、7分遅れた二人が置いていかれ、次のホテルでロビーにいなかった3人が置いていかれました。自業自得といえばそれまでなんだけど。
沖縄だったら置いていかれない気がするのは私だけでしょうか。
バスのなかで北海道出身の知人たちの顔を思い浮かべました。北海道気質は興味深いです。




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大縄飛び
- 2010-01-12 (火)
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早稲田大学の学生さんが作った映像が秀逸です。
言葉では何も語られてはいないが、多くのことを語っている。
なんと言っても人と人が出会うことはたのしい。
watch?v=b2MV8G7Yk0U
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拡張
- 2010-01-08 (金)
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カッコいい!と思えることが年を重ねるごとに変わってきました。
私はいま30代40代をどう生きるか考え中です。
仕事や生き方だけでなく、化粧ひとつ立ち方ひとつから見つめ直しています。
いままでカッコ悪いイメージのものを反射的に排除してきました。そのイメージには何の根拠もありません。
杖道をはじめて素直にそう思います。
心を動かすには身体を動かす必要がある。誰かにこれを言われても頷くことはできなかったと思います。
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2010
- 2010-01-02 (土)
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あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。
長野でゆっくりとしたお正月を過ごしています。
今年の目標は心身の拡張です。

十一面観音
明日の親族新年会のお料理のメニューは鯉こく(鯉のみそ汁)豚の角煮と蒸し野菜、お蕎麦、お刺し身、お豆、お漬物に決めました。
今夜豚の角煮だけは作ります。
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アワのワナ
- 2009-12-25 (金)
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中華なべを洗うときに洗剤を使ってはいけない、と横浜中華街の鍋屋さんで聞いたときは衝撃を受けた。
「でも、中華鍋を使うときは油ものが多いですよね。」
おじさんは大きくうなづきながら「いらない。」
中華鍋を使ったらすぐにお湯でさっと洗う、それだけでいいというおじさんの言うことは正しかった。
そもそもお皿を洗うときも洗剤が必要なんだろうか。
普段からできるだけ海面活性剤の少ないものを選んで少量だけ使っていたが、本当にベタベタしたもの以外は使う必要性がないことがやってみればわかる。
アワがお皿に沢山ついて綺麗になっているとCMによって思わされていた。
本当はそのアワはすぐに手をぼろぼろにする。なのでゴム手袋をしている人が多いんじゃないだろうか。でも本当は世界を汚している。「いつ、誰が、こんな世界にしてしまったの?!」ナウシカ風に問いたい。
嘆いていてもしかたがないので、そこでこれ!
アクリルたわし!

これを使うと洗剤は更にいらなくなります。茶渋もとれます。
いままでは知り合いのおばちゃんにもらっていたんだけど、とうとう自分で作ってみました。
ビックリするぐらい簡単、私のアクリルタワシの先生はこのサイトです。
http://www.tezukuritown.com/special/0902acrylic/knit.html
エコエコと言うけれど、企業も国も個人も行動を起こすのはお金に絡んだことばかり。
無意識の日常を見返して未来を見ることは、そんなにむずかしいことではないはず。
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捨てる
- 2009-12-07 (月)
- それがどーした
昨日ふとTVを見たら「捨てる技術」著者が出ていた。
本は流行っていたときに立ち読み程度しかしなかった、女性だったとは知らなかった。
それにしても、部屋が片づかないことが大問題だと思うことが恐ろしい。片づかない心地よさもある。片づけたいと思って自分で考え工夫して挫折して成功するのこともできない時代になった。いつも答えは誰かによって用意されていて、それがビジネスとなる。
その後もっとびっくりしたのは 、子どものお手伝いをさせるための講座が一泊二日で開催され、そこに真剣な顔の親子が参加しワークショップを楽しんでいた。いや家事を楽しんでいた。
親は私より少し上の世代、彼らが自分自身もお手伝いをしていない子ども時代をすごしたのだろう。そして、この講座を受けるようになったことが掃除のへたさを見ればわかる。お手伝いが子どもの成長(教育)に有意義であるという言説が参加動機のようだ。
私たち姉弟にとってお手伝いというのは日々課せられた仕事だった。わたしは朝のトイレ掃除が終わらなければ朝ご飯も食べれず学校にも行けなかった。妹は玄関、姉と兄がどこ担当だったかは忘れたが担当部署があった。そんな子ども時代を送った私にはお金をはらって子どものお手伝いを教わるというのは2重に理解に苦しむ。掃除ができない親、お手伝いを人に教わらなければやらせることができない親。
子どもが家族の一員としてできることをやる、これがお手伝いだと私は理解している。
私の親はこれを捨てなかったが、いつ、どうしてそれを親たちが捨ててしまったのか。そのことは語られることはなかった。
今朝は「お母さんといっしょ」をみたが、なかなか面白く懐かしい。
しかしTVの子ども番組はいつから素晴らしいと思われるようになったのだろうか。
そのTV番組を作っている人々の工夫は素晴らしいと私も思う。
でも、これがないと教育できないという構造が素晴らしいとは言えない。
補うはずのTVや雑誌がいまや先生になっている。
社会や地域や親族や家族や親や姉弟が、お互いに教育を担うという思想はどこですてられたのだろうか。
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物々交換
今朝とうとう目撃しました。林檎と白菜の物々交換!
毎年冬に実家に帰ってくると、大量の美味しい白菜があります。
聞いてみると山の向こうに住む白菜農家と物々交換をしているとのこと。いちどその現場を見てみたいと思っていました。
今朝トラックが来ていたので覗きに行ってみると、噂の白菜農家の人です。
この物々交換は10年続いています。
交換するのはキズ林檎です。標高の高いところに住む白菜農家には林檎がありがたく、林檎農家には白菜がとっても嬉しいのです。

スーパーで売っている白菜にはない美味みがある西条白菜は、このまま春まで美味しく長持ちます。

その他にも林檎と魚の物々交換をしていたりします。
この物々交換が始まったのは愛知県の日間賀島に家族旅行に行ったときです。島を歩いて散歩していたときに、漁師の奥さんが外で魚を干す作業をしていました。母が魚のことなどを質問をはじめたので私は離れてしまったのですが、数分後に物々交換の取り決めができたようで沢山の魚を抱えていました。
海と山の物々交換はかれこれ、5年ほど続いています。
もちろん近所の人とも小さな物々交換をしています。柿と大根とか
自分の家で作っているものと作っていないものを交換する。
物々交換はとっても単純な仕組みですが、これができるベースは人を信頼すること、良いものを良いと感じる心、作ることへの尊敬です。
お金は大切ですが、それだけが全ての世界は面白みがありません。
いろいろなものを単純に計れない人間関係が沢山広がれば、もっと楽しく暮らせるのかもしれません。
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長野の秋
農家の娘に生まれてよかったと思うのは、秋の美しさを毎年楽しめることです。
林檎の色、ザクロの色、葉っぱの色、空の青。
美術館で絵を見て感動することが少ないのは、さまざまな色の美しさを知ってしまっているからかもしれません。



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